三栖会長は日建設計の会長を務めておられますが、日建設計といえば、1900年に住友本店に臨時に設置された建築部が前身となっています。まさに日本のオフィスの誕生から手がけているわけです。この100年余りの間にオフィス環境は激変していると思いますが、三栖会長ご自身が設計を手がけられるようになってから、どのようなところがいちばん変わったでしょうか。 20年ほど前、設計チームの仲間で、『オフィスルネサンス』という本を出しました。日本のオフィスビルは昔、高さ31mまでという制限がありましたが、1962年に高度地区が指定されて、その指定を受けた地区では建物の高さ制限が廃止されました。それで1968年の三井霞ヶ関ビルを皮切りに、サンシャイン60とか、高層ビルが建つようになるんだけど、20年前というと、オフィスのOA化にともなってインテリジェントビルと呼ばれるビルが盛んに建てられるようになったころ。オフィスに求められる機能が劇的に変わった時期でもあったのです。そうした時代にあって、これからのオフィスはどうあるべきか、僕らが設計したオフィスを紹介しながら、チームのメンバーがいろいろな視点から、分析し、方向性をまとめたものが『オフィスルネサンス』だったんです。 この本の中で大きな方向づけとしてあったのは、オフィスは事務をとるだけの空間ではなくて、もっと生き生きとした生活の場として考えられるべきじゃないかということ。考えてみると、忙しいときは平日は8時間以上オフィスで過ごすし、土日も出勤することがある。起きている時間の半分以上、一日の3分の1を過ごすオフィスは、生活の場であると、その本の中では提唱したんです。 この『オフィスの生活空間化』は今もどんどん進んでいると思います。女性の社会進出が言われて久しいけれど、これからは育児室も必要になるだろうし、会社帰りに買い物をするところも必要だし、ジムに寄って帰りたい人もいる。当然、食事をするところも必要。このところ都心部に超高層のマンションがどんどん建つようになって、30代、40代の働き盛りの人が都心に住居をかまえる条件も整ってきた。東京をはじめとする各都市で職住近接が急速に進み、働く人たちの生活とオフィスは一体化していかざるを得ない。オフィスを街として考えていくことが必要かなと思います
オフィスの街化ということでいえば、六本木ヒルズや丸の内、日本橋などで実現されつつありますが……。 オフィス、商業施設、そして居住施設を包含する複合機能の再開発が多く見られます。働く場と、楽しむ場と、暮らす場の融合。オフィスの開発と融合して、回遊性をもって楽しめる『街』づくりということですね。 オフィスビルだけの街は味気ないもので、丸の内も人が楽しめる街へと変化して来ています。また、オフィスビルが立ち並ぶ大阪の御堂筋もオフィスビルの足元に商業施設が組み込まれ、オフィスアワーだけでなく土日も含め活気が戻ってきています。しかし、本当の意味での職住近接は始まったばかりで、人が住む街という面ではこれからという気がします。 これまでは仕事はオフィスでというスタイルが主流でしたが、今は機械的な作業はコンピュータにまかせ、知恵を出し合い、新しい価値あるものを作ることがオフィスワーカーの主要な役割りになってきています。 一人一人がつねに考えて仕事をする。これからは、働くこと、楽しむこと、生きることの境界がだんだんとなくなって来て一体化してくると思います 働くことと楽しむことが一体化するということは、自己実現の時代になるということでしょうか。 そうです。これからは、仕事をして、そこそこ給料をもらって、楽しみは別にもつというよりも、自分のやりたいことで世の中の役に立って、それを仕事として成り立たせ、生活していくスタイルになるんじゃないでしょうか。ITの進展がそれを可能にしていくように思われます。自分のやりたいことと、働くことが一致すれば、最高の自己実現ということになりますね
つねに仕事のことを考えているというのは、けっこうつらいかもそれませんね。 仕事が嫌いな人もいるからなあ(笑)。仕事は仕事、プライベートはプライベートと割り切る生き方もあるかもしれないけれど、労働集約型から知識集約型へと変化していくに伴って、仕事と生活が再び一体化し、新しい形の居職の時代が来るかもしれません。 そうなると、これからますますオフィスのリラクゼーション空間というものが必要となってくるのではないでしょうか。 そうですね。ひとりひとりにとってより居心地のいい、仕事がしやすい、最大のアウトプットが出せる環境が求められるようになってくると思います。そのためには、集中してデスクワークができる場所も必要だろうし、気分転換のために中庭とかアトリウムといった場所も必要になるかもしれない。天井高が変わったり、場所を変えるだけでも気分転換になるし、新しい発想を生み出すには雰囲気づくりも必要だから、いろいろな好みに対応できる場所を用意したほうがいいと思います。 けれど、それをオフィスだけでやろうとすると、限界がある。コーヒーハウス、レストラン、ホテルのラウンジなども仕事の場に組み入れられ、商談をしたりパソコンを持ち出したりしている人も多く見られます。最近、国際的な一流ホテルの進出が話題になっていますが、、企業活動がグローバル化するにしたがって、世界各都市を飛び回るトップエグゼクティブの国際スタンダードの宿泊需要を見越してのことと思われますが、宿泊機能だけでなく、ホテルは研修、講演会、会議、パーティーなどにも利用され、オフィス機能の一端を担いつつあるように思われます。このようなことからも『街』が必要になる。オフィスの複合化は今後ますます進んでいくと思います 欧米のオフィスに比べて、日本のオフィスはそうした状況にまだまだ追いついていないという話も聞きますが……。 それはどうでしょうか。逆に、欧米の企業のほうが、日本に近づいている気がします。アメリカでは以前、マネジャーはみんな個室が与えられていました。係長、課長、部長と、それぞれ部屋の大きさが決まっていたけれど、とにかく個室をもつのがステイタス。ところが最近はローパティションで区切るにしても、オフィス全体が一望に見渡せ、スタッフにいつでも声をかけられる、日本のようなワンルームスタイルが多くなってきました。これはおそらく会社組織のフラット化が進んでいることに加え、プロジェクト指向、コラボレーション指向の現われと見ることができます。 昔のように仕事がトップダウンで決められるピラミッド型のシステムなら、個室でよかったのでしょうが、個室では情報がラインをもってしまいます。上司に報告して、その報告を受けて、部下に指示してというラインですね。ところが情報というのは、さまざまな方向に行きかってこそ、その価値が高まるものです。スタッフ全員が情報を共有し、それに対してアイデアを出し合って新しいものを作っていくという仕事をするときは、ワンルームスタイルのほうが、よほど効率がいいのです
ワンルームスタイルといっても、これまでの日本のような、課ごとに島を作ってデスクワークをするスタイルではないわけですね。 そうですね。先ほど述べたようにプロジェクトベースの仕事の仕方になれば、 固定した 自席が必要なくなるかもしれない。これからオフィスは、どんどん変わっていくと思います。もちろん、オフィスというのは、机があって、ITが使えればいいと考えている人もいるでしょう。ただ、新しいものを作って、マーケットを制し、価値あるものを生み出していくのがビジネスだとすれば、どのようなオフィスにするか考えることは、非常に大切だと思います。 何十年も前と変わらないオフィスにいて、新しいものを生み出していくのは、なかなかむずかしい。けれど、『私はこの会社をこういう企業にして、こういうものを作り出して世の中に出していくんだ』という雰囲気を働く場所から作っていけば、社員のモチベーションもあがるし、外に対しても、『我々はこういう分野でナンバー1を目指して、市場を制覇していくんだ』とアピールできる。オフィスは、工場と違って、直接製品を生み出すところではないので、なかなか予算をかけづらいという点もあるけれど、実は経営戦略の中で非常に大きな役割を果たすんです。ニューオフィス賞に応募される企業を見ると、そのことを意識している会社も年々多くなっていると感じます。 反面、経営戦略においてオフィスがいかに重要かということに気がついていない方もおられるし、気づいていても、ではどのようにすればいいのかわからないという方もおられる。そういう情報を発信できるのがNOPAだと思います。私も微力ながらNOPAの理事を務めているわけですし、今後はそういう方たちにどのようなお手伝いができるか考えていきたいと思います |
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■日建設計 本社ビル ローコストで高機能な建築をテーマに、様々な実験的な要素を取り入れて構築されたオフィスです。社員のためのスペースはファクトリーへの回帰を目指し、実質本意を追求したシンプルで機能的な空間・設備となっていますが、天井のない空間やソックフィルターを採用した空調など、技術的にイノベーティブなチャレンジが随所に見られます。一方、社外に向けては、前面の街路と一体化したエントランスギャラリーを設け、地域の街並みに貢献するとともに、この街を訪れる人々、近隣の人達にも開放しています。また、2Fなどの接客ゾーンはシンプルながらモダンなデザインで、上品なおもてなしを重視した空間となっています。 |