インタビュー集

橋本緑郎:次世代に残すオフィス

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エポックとなったSME六番町ビル

橋本緑郎橋本さんは大成建設の設計部門で、長年、建築物の意匠デザインを手がけてこられたそうですが、とくに印象に残る仕事はなんですか。

 住宅からオフィスまで、いろいろな分野の仕事をしてきましたが、その中でもオフィスはかなり多く手がけました。最近の仕事で印象深いものといえば、2001年に東京の千代田区六番町に建てたソニー・ミュージック・エンターテイメントの本社ビル、SME六番町ビルですね。それまで当社としても環境問題に取り組んできましたが、なかなかビジネスになりにくい面がありました。

それが1993年には省エネルギー法が改正されて、床面積2000?以上の建物に対して、PAL(年間熱付加係数)に加えて、CEC(設備システムエネルギー消費係数)などが判断項目に加えられて、性能に関する評価基準が設けられるようになり、環境を考えずに建築を語れなくなってきた。環境面での法整備は、まずオフィスビルから始まったと言っていいと思います。

そのような中、SME六番町ビルは私たちが本格的に環境を考えて作った最初のオフィスビルでした。今では多くの環境を考えたオフィスビルが建設されるようになりましたが、SME六番町ビルは私の一つのエポックになったのではないかと思います。

具体的にはどのような工夫が施されているのでしょうか。

 まず天井から床までガラス張りにしたかったんです。1920年初頭に、ミース・ファン・デル・ローエが『ガラスのスカイスクレーパー計画』を発表しています。長い間のあこがれでもあり、『そんなこと、できるの!?』とも思っていました。80年代になると、アメリカではガラス張りのビルがどんどん建てられるようになりました。私もアメリカでガラス張りのオフィスを見学してきましたが、確かに床までガラス張りだと座っていても、外がよく見えて、気分がいいんです。

全面ガラス張りにすると、まず問題になるのは省エネですが、SME六番町ビルはボックス型のひさしを出すことで、これを解決しました。ビルを建てた六番町は、かつて武家の屋敷町だったのですが、ボックス型のひさしは『格子』のイメージで、街の歴史を意識したものでした。ガラス自体にも工夫を加えましたし、雨水再利用、夜間の外気を日中の室内冷却に利用するナイトパージなど、さまざまな省エネ対策を採用しました。

また、建物中央部のエレベーターホールの両脇に階段のある吹き抜けと、ライトウェルを設けたり、間仕切りにガラスを使うなど、室内空間を明るく開放的にすると同時に、コミュニケーションの機会を多くし、社員同士のインタラクティブな関係を生むための工夫もしています。さらに、SME六番町ビルは周囲が住宅地であることを考慮して、高層ビルにはせず、6階建てにしたため、食堂は地下になりましたが、あたかも1階にいるように、自然光が入り、緑が楽しめる、人が集まりやすいように設計しました 。

オフィスは出会いを生み出す場所

SME六番町ビルは、外壁だけでなく、内部にもガラスが多用されていますね。

 そうですね。このビルに限らず、最近では間仕切りがどんどん透明化していっています。オフィスビル以外でも、たとえば学校では廊下と教室の間や、大学などでも間仕切りを透明にするところが増えています。おそらくインタラクティブなコミュニケーションが求められているからでしょう。とくにオフィスではその傾向が強い。

最近はIT環境がたいへん進化し、パソコンが1台あれば自宅でも仕事ができるようになってきました。にもかかわらず、オフィスは必要とされている。なぜか。

たぶん、人と人のインフォーマルなコミュニケーションが、仕事をするうえで重要だからでしょう。最近、どこのオフィスでも禁煙が当たり前になっていますが、喫煙ルームに通う人が情報を持っているということがあります。何気ない会話の中でヒントが生まれることもあるわけです。そのためにはコミュニケーションスペースを作ることも大事だけれど、そういうところに行かなくても、自然にいろいろな人と顔を合わせる出会いの場をいかに多く作るかということも重要だと思います。吹き抜けや、居心地のいいカフェテリアを作ったのは、出会いが生まれることを期待してのことです。

特別にそういうスペースを作らなくても、トイレにアメニティボックスを置くだけでもいいかもしれない。そうすれば、そこで歯を磨く人が増えて、出会いが生まれる。一息入れにいった休憩室で違う部署の人と出会って、仕事のヒントをもらう。今、オフィスには、そういう空間が求められていると思います。

オフィス作りを変えたNOPAの第一指針

大成建設さんは、オフィスの性能設計システムを作られたと聞いていますが……。

 はい。顧客のニーズ把握を確実に行い、設計仕様決定の根拠をより明確にするシステムです。オフィスの性能を『機能性』『安全性』『環境保全性』の3項目に分類して、その下に200項目以上のチェック項目があります。

お客様のニーズはそれぞれ異なりますが、とりあえずこれに当てはめて設計すると、それこそ1日か2日で図面もできあがるし、予算もわかる。オフィスビルのオーダーメードです。

このオフィス性能システムは、20年ほど前から始めた『新しいオフィス作り』運動の中で作った『大成のニューベシックオフィス』がベースになっています。

実は、この『大成のニューベーシックオフィス』を作るきっかけになったのは、NOPAの第一指針なんです。それまでオフィスの設計を行うときに基本となる標準はありませんでした。そこへオフィスにおける天井高の具体的な数値基準などを含んだNOPAの第一指針が発表された。あれはオフィス作りにおけるベースという意味で大きな意義があったと思います。我々もNOPAの第一指針をベースに、毎年毎年見直しをしています。

しかし、現在のオフィスの形態は、第一指針がでた20年前と異なり非常に多様化しているので、オフィスにおける1つの基準を作るのは難しいですね。

 実は私たちも困っているのです。SME六番町ビルのように、本社ビルを建てるというなら、その企業に合わせて、それなりの解答が出せる。ところが例えばレンタルオフィスの設計をすることも当然あるわけです。レンタルオフィスの場合、1階は商社、2階は広告代理店など、まったく業種の違う会社がいくつも入ります。また最初に入ってきた会社が引っ越して、新しい会社が入ってきたり、同じ空間をまったく業種が違う企業が使うこともある。一つの企業が使い続けていたとしても、部門構成は生き物のようにたびたび変わる。組織の形態を変えることで、1000人いた社員が500人になることもあります。そうなると仕事のやり方も変わるし、オフィスのレイアウトも当然変わります。そういうときに対応できるように設計しなくてはなりません。

また最近は、マンションなのにオフィスになっていたり、逆にオフィスなのに住居にしたり、倉庫をオフィスに使ったりと、用途の境目がどんどんなくなってきている。そういうことを考えると、単純に『オフィス』として片付けられない時代になってきている。

私が仕事を始めた30年ほど前は、営業も設計も同じようなオフィスで仕事をしていました。今はそれぞれの会社、それぞれの部署の細かい要求に応えられるようになってきました。一方ではそれこそオフィスや住宅という用途の境なく使える空間が求められている。難しいけれど、それだけにやりようによってはオフィス作りは、もっと楽しくなるのではないかと思っています。

大成建設さんは都市再生や伝統建築の保存にも力を入れていらっしゃいますね。

フランクロイドライトが設計した自由学園を残したり、建物保存はいろいろやっています。70年代ごろから、古い建物をどんどん壊して、新しく建て直す、いわゆるスクラップ&ビルドがさかんに行われました。丸の内でも明治大正時代の貴重な建築物がずいぶん壊されました。今、その反省をこめて、保存に力が入れられています。昭和47年に壊された、コンドルが設計した三菱一号館も復活させる計画もあります。これからは、古い建物を残しながら、都市を形作っていくことが必要な時代になっていくでしょう。ビルを建てるときも、『資産として残るもの』ということを考えなくてはいけない。

たとえばパリなどには200年前の建物の外観はそのまま残して、内部を現代的に変えて使っているところがたくさんあります。駅が美術館になったり、レストランになったり、建てられた当初とまったく違う利用のされ方をしているところも多い。先ほど、フレキシブルに使える空間作りが求められていると言いましたが、何十年、何百年と使われる建物を作るということを考えると、より自由度のある空間であることが重要になってくるということでしょう。中は自由に変えられるようにして、その代わり骨格はきちんと作っていく。ビルは街そのものを構成する要素になりますから、当然街づくりも考えなくてはならない。

次世代に引き継ぐ建物を作っていくのが我々の役目だろうなと思います。
橋本緑郎(はしもと・ろくろう)
大成建設株式会社設計本部プリンシパルアーキテクト統括グループリーダーとして、意匠デザインの部門を統括。日本大学生産工学部の非常勤講師も務める。
 
橋本緑郎

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