リオ宣言から生まれたサスティナビリティ |
1992年に全世界から180か国の代表が参加して、リオ・デ・ジャネイロで国連環境開発会議が開かれ、このとき『リオ宣言』が採択されました。この宣言のキーワードとなったのが、サスティナブル・ディベロップメントという考え方なのです。持続可能な開発という意味です。
これまで国連では、開発をとるか、環境保護をとるかで議論されてきました。つまり、途上国が開発をすると木を伐採するなど環境が破壊される、環境を保護しようと思えばいつまでも発展できない。しかし、多くの議論の末に人類が自ら環境と開発の双方の調和を図りながら持続可能な成長をとることが可能であるという考えに至りました。
1992年のリオ宣言では、人類は持続可能な開発の中心にあり、自然と調和して健康で生産的な生活を送る権利があるとして持続可能な開発、および持続可能でない生産および消費の様式を減らすということを決めました。そして、この考え方は国、企業、個人すべてが従うことを宣言しました。今日のサスティナビリティの基本的な考えはこのリオ宣言によるところが大きいのです。
サスティナビリティの考えに基づいて企業の経営戦略として開発されたのがCSRですね。そうです。CSRとは、Corporate Social Responsibilityの略で、日本語では『企業の社会的責任』と訳されています。そもそもはヨーロッパで生まれた概念で、イギリス、フランス、ドイツなどの先進国と東欧がEUとして統合したとき、企業経営や労働問題などについて一定のポリシーを決めてやっていこうという取り決めを作ったのですが、そのときベースにしたのがCSRの概念でした。より多くのよい仕事と強力な社会結合で、持続可能な経済発展を実現し、世界でもっとも競争力のあるダイナミックな集約型経済を目指すことが決められたわけです。イギリスでは世界で初めてCSR担当大臣を任命し、国をあげてCSRに取り組む姿勢を打ち出しています。
そうですね。昨年、環境省が東京、大阪および名古屋証券取引所1部および2部上場会社2671社と、500人以上の非上場企業および事業所3683社に、CSRを意識した組織づくりをやっているかどうかのアンケートをとったところ、上場会社では81.8%、非上場でも70.9%から、『行っている』あるいは『行う予定』という回答がありました。
ヨーロッパでは人的資源をどうするかということから始まったCSRですが、日本にそのまま当てはまらないところに難しさがあります。いろいろ意見はありますが、企業経営におけるCSRとは、『企業が経済・環境・社会等の幅広い分野における責任を果たすことにより、企業自身の持続的な発展を目指す取り組み』と考えればいいでしょう。
企業に対する評価の仕方も変わってきました。これまで会社は利益を出せば、従業員に給料がたくさん払えるし、税金をたくさん払うことができるということで社会にも貢献できると考えられてきました。ところが会社がだんだん大きくなって、一国の国家予算を超える利益をあげる企業もあります。そうなれば地域の経済や、いろいろなことを考えなくてはいけないでしょう。
また、最近はエネルギー問題と環境が表裏一体になってきました。エネルギー問題は日本にとって非常に大きな問題ですが、オイルショックのときは石油が高騰したから省エネを心がけようというだけでした。節約だけ考えて環境のことは問題にされなかった。ところが、今は省エネを推進することは環境の面でもプラスだということになってきた。企業が省エネをすすめると、エネルギーコストが減ります。
また、エネルギーを節約することによりCO2の排出を減らすことになります。環境にも良いことになります。逆に製造工程で環境に悪い製品や廃棄物を減らすことにより、製品コストを減らすこともできます。環境を考えると経済的にもプラスになる時代になってきたんです。結局企業のためなのですが、それによって社会も良くなる。それがCSRの目的なのです。
高い給料を払う会社が“良い会社”ではない |
CSRは大企業だけではなく、中小企業も熱心に取り組んでいるんですね。
中小企業も意識はかなり高いです。今、大会社は自社で使う部品のほとんどを中小企業から調達しています。そこで環境に悪影響を与えるものを使ったり、作っていては大会社に買ってもらえない。実際、海外でもいろいろ問題が起きています。たとえば、アメリカのスポーツ用品メーカーの製造過程に、東南アジアの子供達が有害な接着剤を使って行っている作業があった。それをNGOの人がインターネットで流して欧米で不買運動が始まったこともあります。そのようなことから、CSRサプライ・チェーン・マネジメントという材料の調達から顧客の手にわたるまでの流れ全体を総合的に管理する新しい仕組みも生まれ、日本の企業でも取り組みを始めています。
労働問題や環境活動、社会的貢献などの情報を、財務情報に対して非財務情報といいますが、これまで企業の評価は財務情報に重点が置かれていましたが、これからは非財務情報も重要になってきます。
実際、今の学生たちは単に給料が高いとか、大企業だからという理由で就職先を選んだりしません。自分のやりたいことができるのか、働きがいがあるのか、社会的に尊敬できるかなどといったことが大きな入社動機になっています。大企業が倒産するのを目の当たりにし、急激にいろいろなことが変わるのを見ていたら、頼れるのは自分しかいない。自分は何をしたいのか、その会社では何ができるのかを真剣に考えています。ですから、企業としてもそのような情報を公開しなくてはならない。その一つがCSR報告書だったりしますが、情報というのはそれが正しくなれば意味がないわけです。
私が属するあずさサスティナビリティ株式会社は、このような社会的背景を考えて、環境マネジメントシステムの構築支援や環境会計の支援などアドバイザリーサービスのほかに、CSR報告書に対する第三者審査というアシュアランスサービス(保証業務)をするためにできた会社です。
明確なビジョンのない会社に成長はない |
2年後にはいよいよ内部統制システムに関する法律が実施されますが……。
これもCSRにからんだ動きです。内部統制システムは、企業内部で違法行為やミス、 エラーが行われることなく、組織が健全に、効率的に運営されるよう、それぞれの業務部門で所定の基準や手続きを定め、それに基づいて管理・監視・保証を行うための一連の仕組みのことです。
90年代にアメリカで提唱されていましたが、エンロンやワールド・コムといった大企業の粉飾や破綻をうけて、アメリカでは2002年から内部統制システムの構築・運用が義務づけられ、外部監査人による監査も義務づけられました。
ヨーロッパでも同じような動きがあったのですが、日本だけはなかった。終身雇用とか年功序列といった日本的な経営システムをベースにした信頼関係があるので、そのようなシステムは必要ないと考られていたからです。
ところがバブルが崩壊して、日本的な経営システムが崩れ、人材の流動化が始まって、やはり一定の明確な仕組みを作ったほうがいいだろうということになった。さらにそのシステムを会計士が監査して、監査の報告書に内部統制報告書を添えて提出しなければいけなくなったわです。
内部統制システムのわかりやすい例として、
西部劇の酒場があげられることがありますね。夫が酒を出し、妻がお金を受け取る……
商品渡す人間と、お金を受け取る人間を別にして不正が起きないようにするわけですね。
たとえば“商品を売る”という1つの行為を、2人で分けてやると考えればいいと思います。そういうことをすべての業務で行うことで、お互いをけん制する。そのために組織全体を見直さなければならないところも少なくないでしょう。しかし、そうやって組織を見直すことで不正を防ぐこともできますし、今まで3人でやっていたことが2人でできるのではないかなど、効率性・経済性も見込れます。
これからは企業のあり方もどんどん変わってくると思います。また、社会の仕組みも大きく変化しています。例えば、今年施行された新会社法も大きく変わり、資本金が1円でも良いとか、取締役が1人でも良いなど企業 経営の自由度が大変広がりました。しかし、経営者の責任は重くなっています。これからは自由競争の中で、一定のルールを守るべきところはきちんと守る社会になるでしょう。そういう社会ではグローバルな視点で世の中を見て、自分で判断する自己責任が求められます。
CSRの概念は抽象的ですから、それぞれの企業で『うちはこうだ』というポリシーを持たなくてはならない。50年先、100年先を見据えて、何を目標に、どういう企業にしていくのか、明確なビジョンがないとこの先成長は望めないでしょう。そういう意味では個人も同じです。個人、企業、自治体、国……あらゆるところでグローバルな視点で何をするかを考えることが大切になってくるでしょう。NOPAには、経済や個人の価値観の変化にうまくマッチしたオフィス空間を提案してほしいですね 。
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公認会計士。 朝日監査法人(現あずさ監査法人)に入社後、製造業、建設業、金融機関の会計監査および経
営コンサルティングに従事。この間カンボジア などの発展途上国で会計などの指導にもあたる。 1999年に環境マネジメント部長に就任。環境会
計導入支援、CSR報告書審査等を行う。2004年、あずさサスティナビリティ株式会社代表取締役に就任。2006年からは東洋大学経営学部教授として教壇にも立っている。著書に『環境経営戦略のノウハウ』『建設業会計業務ハンドブック』『簿記会計ハンドブック』など。 |