村口さんは、インテリアやプロダクトの領域にとらわれず、生活者の視点から、さまざまなデザインを提案されていますが、最近では学校の設計も手がけられたとか。
私立の女子高校ですけど、たまたまご紹介いただいて、コンペに参加しましたら、私の提案が通りました。そのとき、軸にして考えたのは、建物の形とか機能ではなくて、そこに通う女子高生が、いかに快適な“居場所”を見出せるかということでした。
高校生ともなれば、朝早くから部活があったり、1日の大半を学校で過ごします。学校は勉強するところではあるけれど、つねに緊張感をもってはいられません。そうすると、ちょっと息抜きできるところが必要なのではないか。今回は女子高で、高校生の女の子が友人とのおしゃべりの時間を大切にするということもあり、さまざまなスタイルのコミュニティスペースを設けました。
たとえば階段室の1階と2階部分を吹き抜けにして、1階の階段室にコミュニケーションスペースを設け、2階は階段室をはさんでランチルームを作りました。ランチルームの吹き抜けに接する部分は、腰ぐらいの高さの透明の壁になっているので、ランチルームから1階のコミュニティスペースにいる友人と話ができたり、また、階段室をはさんで、2つのランチルームが見通せるデザインになっています。また、このスペースには仕切りを設けた家具を置きます。このほか、屋上庭園や中庭などにも話せる場所があるのですが、こうしたオープンなコミュニティスペースばかりではなく、トイレにもソファを置いて、隠れ家的なおしゃべりスペースを作りました。この学校の雰囲気に合わせて、このような工夫をしたところが評価されたのかなと思っています。
今、オフィスでもコミュニティスペースを設けているところが多いようですが、オープンな場所では、なかなか一息入れにくく、せっかくのスペースが活用されていないところもあると聞きます。そのようなところでは、隠れ家的なところにコミュニティスペースを設けるのも、一つの方法ではないかと思います。
オフィスも学校と同じく、そこで働く人たちが1日の大半を過ごす場所。最近はオフィスでもコミュニティスペースを設けるところが増えてきましたが、学校もオフィスも考え方は同じなんですね。
同じだと思います。私のようにインテリアの仕事をやっていると、どんな建物を建てようかということより、人がそこでどう暮らすのかというところからの発想になります。そう考えると、オフィスも学校も、住宅もなんら変わりはないんです。ただ、どのようなコミュニティスペース、息抜きスペースがいいのかというと、それはその学校や会社によって変わってくると思います。
今回私が手がけた高校は女子高なので、このような形になりましたが、男子校や共学校では違ってくると思いますし、大学進学に力を入れている高校、スポーツなどに力を入れている高校でも、また違う形になるでしょう。会社には会社の社風というものもあるでしょうから、そのようなことを充分検討せずに、どこのオフィスにも同じようなコミュニティスペースを作っても、活用されないことも考えられます。
ある進学塾では、息抜きスペースとして、畳の部屋を作ったそうです。そこで、寝転んでリラックスしたり、食事をしたり、自習をする。我々日本人は、畳の場所にくると、なぜか寛ぎますよね。オフィスの中にも畳スペースを取り入れて、そこで会議をしたりしているそうです。
コミュニティスペースというと、広い空間に椅子を置いてと発想しがちですが、畳スペースというのは、案外日本人に合っているかもしれません。そこを適当に仕切れば、隠れ家的なスペースになるし、畳の間にあがると、自分の居場所が自然に決まるような気持ちになりませんか。
村口さんのデザインのキーワードは“居場所”だと聞きました。“居場所”にこだわる理由は?
オフィスも学校も住宅も、人が暮らす空間。そのときいちばん小さな単位となるのが“一人”です。そうすると、自分の場があるというのがスタートラインになると思うんです。
最近、営業職の人は自分の机をもたないフリーアドレスの会社も増えてきたと聞きますが、机をもたないとしたら、それに代わる“居場所”を会社側は用意する必要があるのではないでしょうか。いろいろスペースを作ったから、どこでも自分の居場所にしていいよというのではなく、はっきりした居場所を提供する。たとえば、それは椅子でもいいかもしれません。それは働く人にとって大事なことだと思えます。
今、若い人が椅子に非常に興味をもっているのですが、これも“居場所”を作りたいという気持ちの表れではないでしょうか。昔は、囲炉裏を中心に、父親の席、母親の席、子供の席と、決まっていた。それが今は父親が家族と食卓を囲む時間がなくて、子供も塾だなんだと、自分
の家の中に落ち着いている場所がなくなっているように思います。
営業マンなど、喫茶店や車などを自分の居場所にしている人もいるようですね。
そうですね。それをもっと進めていくと、オ フィスじゃないところにオフィス空間ができてくる。最近は在宅勤務といって、SOHOスタイルで仕事をする人も増えていますが、この場合、住宅がオフィス空間になります。会議をするのだって、会社の中とは限らないかもしれません。喫茶店ということもあるし、ホテルの
一室ということもあるでしょう。そういう意味 ではオフィスが街の中に出ていっている。
また、高層ビルの一部がホテルで、一部がオフィスなど、オフィスと街がクロスしている場 所もとても多くなっています。これからはますますこの傾向が強くなるのではないでしょうか。
そこで問題になってくるのがセキュリティです。学校でもセキュリティは大きな課題になっていて、今回私が手がけた学校も、もっと外に開いた形にしたかったのですが、残念ながら、それは実現できませんでした。
NOPAでもオフィスにおけるセキュリティの認証制度を始めようとしているのですが、オフィスが街に出ていく、街がオフィスに入ってくるという現状の中で、セキュリティをどうするかが大きなテーマになっています。
セキュリティレベルをどう区分するかが問題になりますよね。先日、あるオフィスに行ったのですが、そこはエントランスの横にお茶を飲めるようなスペースがあって、そこで外部の人と打ち合わせができるようになっていました。その先のオフィスにはカードを差し込まないと入れない。自社ビルかテナントかでセキュリティの仕方は変わってくるでしょうし、複合ビルの場合、オフィス部分は外部の人を入れないようにして、展示会などがある場合は、ここまで入れるとか、多様にセキュリティを考えていかなければならないでしょう。
実は今、東日本橋のあるビルをモデルにして、コンバージョンを考えているのです。東日本橋には中小規模クラスのオフィスビルがたくさんあるのですが、ビルの機能が古くなったり、地場の産業が変化したりして、空室率の高いエリアなんです。これらのビルをなんとか活用できないかと、研究会(子育て支援インフィル研究会・代表:東京大学 松村秀一)を作って、私もそのメンバーの一員として検討しているところなのです。今テーマとなっているのは、子供を育てながら働く夫婦をバックアップする住宅にするための、子育て支援インフィルです。
確かにオフィスビルを住宅に転用しようと思っても、様々な問題で、住宅に向いていないものもたくさんあります。その中でも住宅に転用できるものは住宅にしようというとき、少子化対策にもなる子育てインフィルをやってみようということになったのです。この場合、保育園の送り迎え、親が帰ってくるまで子供と家で留守番するなど、親ができない部分は、だれかに頼まなくてはなりません。そうすると、どこまで家に入ってもらうか考えると同時に、セキュリティの問題も発生します。
このようなセキュリティの問題は、介護が必要な老人を抱えている家庭も同様です。これからは在宅介護にシフトしていくので、セキュリティはいちばんの課題になると思います。
実はセキュリティの問題は病院も抱えています。病院は人の出入りが多いし、外部の人に決して入ってほしくない場所もある。段階的に仕組みを作らなくてはならないという点で、オフィスと非常に似ています
必要とされる機能も、セキュリティの問題も、オフィス、家庭、学校、病院など共通している点がとても多いんですね。
建築はシェルターという考えもあります。その意味では、オフィスも住宅も学校も病院も変わりません。それに、それぞれによって形態は変わるかもしれませんが、自分が安らぐ場所は、どこにも必要だと思います。
この何年か、私は(財)建築技術教育普及センターが行っているインテリアプランニング賞の審査員を務めていて、集合住宅やホテルのほか、オフィスのインテリアを見る機会も多いのですが、まだまだオフィスは生産性や効率性が優先されている印象を受けます。リラックスするためのスペースが少なかったり、せっかく作っても活用しづらかったり……。これからオフィスと街の融合が進むだろうことを考えると、オフィス空間はさらに改良されていくことでしょう。
そういう意味で、とても魅力的な空間。私はこれまでSOHOのような小さなオフィス空間を手がけることがあっても、大きなオフィスを手がける機会はなかったのですが、インテリアデザイナーという立場で、働く人の“居場所”を意識したオフィス空間を作ってみたいですね。 |