今年も日経ニューオフィス賞の作品を募集する季節になりました。先生には審査委員長をお願いしておりますが、今年はどのようなことを期待されていますか。
ニューオフィスというと、建築やインテリアのことに限定して考えている人が大半だと思います。もちろんワーカーに働きやすい空間、働く意欲を増すような建築や設計にすることは大事です。たとえば、外が全然見えない地下室のような食堂で、黙々と食事するよりは、緑の多い景色を眺めながら、楽しい話をしながら食事をしたほうが、仕事に向かう気持ちも違ってくるでしょう。日本人にはまだまだ食事は栄養をとればいいという考え方があるようで、素晴らしいビルを作っても、食堂が貧弱だったりするので、こういうところは変えていかなければならないと思います。 けれど、今や自分の会社さえ快適であればいいという時代ではありません。最近、『都市再生』という言葉がよく聞かれますが、『都市再生』の尖兵となるのが、ニューオフィスなのです。 『都市再生』は東京が直面している大問題です。このままでは都心は衰弱の一途をたどります。たとえば今、アジアにおける拠点を東京ではなく、香港やシンガポールにおく外資系企業が増えている。なぜか。海外の方にとって職住近接は当たり前のことです。毎日1時間以上電車に乗って、会社に通うなんて考えていない。当然、東京で働くことになったときも、職場の近くに家族で暮らせる家がある筈だと探すわけです。ところが、家は見つかったとしても、家族で行く安くて質の良いレストランはない、子供が遊ぶ場所はない、友だちを作る学校も見つからない。生活の場として余りに欠けている。これでは都市とはいえません。そこで、外資系のオフィスは、東京ではなく、香港やシンガポールに行ってしまう。今、マレーシアのクアラルンプールとか、台湾の台中市とかの方が、都市機能が本当に充実してきています。 ですから、立派な建築物を作っただけでは魅力がない。生活する環境も一緒に整えることこそ、都市再生であり、その最前線となるそれがニューオフィスなのです。
今、マンションやホテル、ショッピングセンターなどが入った複合的なオフィスビルもたくさん登場していますが……。 「特定の富裕層をターゲットにしたものでは、意味がありません。確かに複合ビルはたくさん登場しています。けれど、それも家族が日常的に利用できるものかといえば、そうはいえない。それどころか、働く人のことさえ十分考えられていない。 ITの時代、ニューオフィスは世界的なネットワークをもたなくてはなりません。それは24時間ワークするということを意味します。そのために、仕事の途中に食べられるようなヘルシーで、値段の安い食事を提供するレストランや、ちょっとお茶が飲めるようなお店が24時間オープンしているかというと、そんなところは東京にはありません。 50年先、100年先を見据えて、この街をどのような街にしたいか考えて設計しなければならないのに、みんな自分のビルをきれいにすることばかり考えている。同じエリアにビルを建てるときは、共同して考え、作ることが必要なのに、まったくそれができていません。いくつものビルがあるとき、パーキングもエリア全体で考えれば使いやすいものになるのに、個々のビルが管理するようにしているため、非常に使いづらくなっている場合もあります。これからは情報のプラットホームができなければ、仕事もできなくなるでしょう。ところが共有のプラットホームづくりにも消極的です。これでは都市は衰退するばかりです。このままではいけないと、みんなが早く気づかなくてはならない。
海外ではどのような都市づくりがすすめられているのでしょう。 人が都心に住めるようにするには、どうしたいいか。その最初の事例は、ロンドンのバービガン計画です。バービガンは、日本でいえば、銀座にあたる地域で、それまでオフィスしかなかったところに、住宅やオペラハウス、美術館や学校、さらにはジムのようなものやテニスコートなどを作りました。銀座に住宅を建ててしまうのですから、相当な冒険です。 これが完成したとき、日本からも見学者が押し寄せましたが、だれも感心しない。『女王の土地だから、できたんだろう』というだけです。そうではないんです。住宅を作れば家族が増え、勉強やスポーツをするための施設も必要になる。都市が活性化するんです。オフィスだけの町は、夜になればだれもいなくなり、しかも24時間ワークできないとなれば、オフィスとしての機能さえ、満足に果たしているといえません。 もう一つ、1958年に始まったパリのラ・デファンス計画というものもあります。高層ビルが建つオフィス街の外側には美しい公園が広がり、さらにその外側に住宅エリアがあります。オフィスで働いている人たちは、昼食時間になると、公園を抜けて自宅に戻り、自宅で家族と一緒にゆっくり昼食を食べて、また公園を歩いてオフィスに戻る。フランス人が理想とするライフスタイルがここに実現しているのです。 また、ニューヨークのフォード財団ビルは、室内に庭園つきアトリウムを設けた先駆的なビルですが、外からでもオフィスの緑が見えるような設計になっています。冬、ニューヨークが一面の雪に覆われる時期になっても、街行く人は、この緑を楽しめる。このビルに入っているオフィスに勤めている人は、このアトリウムを通って、それぞれのオフィスへ行き、オフィスからでも緑が楽しめるような設計になっています。 この前、台湾の台中市が市庁舎の国際コンペを行うというので、審査員をしてきましたけれど、それはもう立派です。台中市は、今、産業都市として生まれ変わろうと都市計画をしています。一直線の道路を作って、その両側に世界中の企業を呼び、道路の先端に港を作る。その道路の反対側のエンドに市庁舎を建てるというものです。また、敷地の角地は民間に売って、その代金を市庁舎の建設費にあてるという計画です。ここまで考えて建設するビルは、今の日本には残念ながら見当たりません。 日本も昔は理想的な都市を作ろうという計画がありました。場所はどこかというと、満州。今も大連やハルピンに行くと、当時の建物が残っています。昔の建物ですから、今見るとそれほど立派には見えませんが、それでも、日本の理想の都市を実現しようとする意気込みが感じられる。今の東京に、そういう情熱が感じられる街がありますか?
そういう環境を実現するためには、経営者が公のことに関心をもち、都市再生として、オフィスを考えないと実現できませんね。 そのとおりです。経営トップの方たちは自分の会社や製品のことばかり話さず、国家論をおおいにたたかわせてほしいものです
日本の建築で誇れるものはありませんか。 今、日本では、鉄、ガラス、セメントから機械設備、機械類、IT、家具、調度にいたるまで、高品質なものをすべて国内で調達できます。こんな国はほかにありません。そうした産業を支える人たちのレベルも、ものすごく高い。ですから、50階建てのビルも、100階建てのビルも、作ろうと思えば、すぐ作れるのです。『日本がオフィスを作ってあげますよ』というふうになり、都市はおまかせ下さいということにすべきでしょう。ところが、能力をもっていながら、それが発揮できていないのが現状です。 |
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日本建築士連合会名誉会長。米国建築家協会特別名誉会員。フランス建築アカデミー会員。早稲田大学工学部建築学科卒業後、竹中工務店勤務を経て、菊竹清訓建築設計事務所開設。おもな仕事に江戸東京博物館、九州国立博物館など。また長野オリンピック空間構成監督、愛知万博総合プロデューサーなど国内外のイベントでの空間設計を数多く手がける。著書に『代謝建築論』(彰国社)など多数。 |